二月
教主釈尊は
五百塵点已然の佛なり
因位も又是の如し
観心本尊抄
このお言葉は、文永10年(1273)日蓮大聖人が52歳の時に、佐渡の一谷において書かれた『観心本尊抄』の一節です。
お言葉の意味は、「我々を教え導いてくださるお釈迦様は、私達が想像出来ない様な遠い昔から仏であられた。悟りに達する以前の修行の位(状態)もまた同様である」ということです。
法華経の因位(悟りに達する以前の修行の状態)は、寿量品に示された「我本行菩薩道」を指して、特に「本因」と呼ばれます。
お釈迦様は、菩薩行(布施などの六波羅蜜の修行)を実践することによって悟りの位である果位(成仏)に達せられたのです。
本来ならば我々も菩薩行を行い、悟りを目指すべきですが、日蓮大聖人は、同じく『観心本尊抄』において「釈尊の因行果徳の二法は、ことごとく妙法蓮華経の五字に具足す。我等この五字を受持すれば自然にかの因果の功徳を譲り与え給うなり」と、末法に生きる我々に対してお題目受持による成仏の方法を教示されたのです。
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