ペット葬儀:常福寺沿革
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当山は、山号を「法立山」寺号を「常福寺」と称し、室町時代の永正8(1511)年8月、浄徳院日立上人により浅草新鳥越の地に創建される。

その後、江戸幕府の宗教政策により同吉野町(現在の台東区今戸)に移転したが、大正12年9月の関東大震災により寺宝等ことごとく全焼するが、昭和3年3月都市計画により現在の地、世田谷区北烏山に移転再建され現在に至っている。
境内には藤棚とタヌキの置物「通称タヌキ寺」があり、参詣者の心を和ませている。


今月のことば

平成二十八年九月

後世は日蓮の御房に
まかせまいらせ候

四条金吾殿御返事

四条金吾は正式には四条中務三郎左衛門尉頼基(しじょうなかつかささぶろうさえもんのじょうよりもと)といい、日蓮大聖人の四大檀越(現在でいう檀信徒)の一人で、鎌倉幕府に仕える武士です。
金吾とは、左衛門尉の唐名(現在の中国の官職名)が左金吾校尉であったことから、これを略したものです。
金吾が主君である江馬光時との不和や同輩からの後言(他人を陥れようとする告げ口)を受けて、伊豆から越後へ左遷の危機にあった時、日蓮大聖人が主君への返答を次のように教示されました。
「たとえ所領をとりあげられても、今年は主君のお側を離れません。(中略)見捨てられても私の命は差し上げます。後世(死後の世界・来世)は日蓮の御房にまかせてあります」

日蓮大聖人に示されたとおりに光時への返答をした金吾は、命懸けの不退転の覚悟を認められてこの件は落着しました。
私たちにとって最も親しみのある法華経の如来寿量品第十六「自我偶」には「不自惜身命」(自ら身命を惜しまず)」という言葉があります。
後世は霊山浄土への往詣が約束されているのですから、一目一日を精一杯、大切に過ごしましょう。



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